やんごとない家も、一般の家とおんなじだ(*^_^*)




さて、以前にここでも書いたとおり、私は秋篠宮家の悠仁さまと誕生日が同じ
で、しかも秋篠宮家の女性皇族のおひとりと名前も同じで、だからというわけ
でもないのだけど皇室のニュースにはいつも関心を寄せております

日本で一番古く由緒のある家系であり、歴史を見てもなかなか興味深い天皇
もいたりするし。

なかでも後醍醐天皇なんて、腹が見えない感じでちょっと妖怪めいています
よね(^^ゞ


そんなこんなもあって、こないだ図書館で手にした本がこれ。

高松宮喜久子 著 『菊と葵のものがたり


これはたぶん、かなり以前に既読のはずなのだけど、パラパラとめくっていた
ら、まったく記憶にない箇所もあり、これはひょっとしたら私が読んだのは
徳川慶喜家の子ども部屋』だけだったのかなあ、なんて思ったりもして。
『徳川慶喜家の子ども部屋』は、榊原喜佐子という人の著作で、この人は高松
宮喜久子妃殿下の妹さんに当たられるかたなのですが。

まあとりあえずもう一度読んでみようということで借りてきました(*^_^*)


高松宮喜久子妃殿下は、御存じ徳川慶喜の孫に当たられるのだけど。
秩父宮妃殿下は会津の松平家からの興入れだし、三笠宮妃殿下も実家
が幕臣ということで、
「嫁が三人寄ると、なんだか賊軍の娘ばかり揃ってる」
などとご自分で書かれているところなど、面白かったですね。


深窓のお育ちでお姫様なのかと思ったら、自分でもお転婆と言われているとお
りわりとずけずけとものを言っている感じで、長く独身を通しておられた紀宮様
のことを平成天皇に、
「なぜ紀宮様をおあげになりませんの」
などと、丁寧な言葉で訊きにくいことをはっきりと口にされているのには
びっくり(笑)

財界の著名人などに
「妃殿下にしておくのは惜しい」
などと言われたこともあるとか。
かなり闊達なお人柄だったようですね(^^ゞ


徳川宗家は大政奉還のときに田安亀之助が家達となって継ぎ、徳川慶喜は
それとは別に公爵を朝廷からもらっていて、そこまでは学校で習ったので
知っていたのだけど。

16代家達を立てられたのも、慶喜が大政奉還で無血開城をしてその後潔く
将軍職を退いたからであって、それなりの自負もあったのではないかと思って
いたのですが、そうでもなかったようですね。

慶喜は傍から見てもわかるほど宗家の家達には遠慮をしていたようで、例えば
宮中に召されると馬車を宗家から借りて参内したり、子女を嫁がせるときも
できるだけ宗家の意向に添うようにしていたふしがあるそうです。

ある日、さる旧大名家に慶喜と家達が一緒に招かれたことがあり、先に着いた
慶喜がそれまでの習慣で床の間の正座に座り、雑談をしているところへ家達
が入ってきて、
「おや、私の座るところがない」
と言われて、そのとたんに慶喜が隣の座布団に移ったという話があり、それ
以後、どこの家でも二人を一緒には招かなくなったと伝えられているとか。

読んでて、ひえ~って感じでした。
こ、こわっ


家達は常々、
「慶喜は徳川家を滅ぼした人、私は徳川家をたてた人」
と言っていたそうな

家達はたしか、維新後は天璋院が手塩にかけて育てたんでしたよね。
さぞかし、慶喜への恨みつらみを聞かされたんだろうなあ。
「世が世なら貴方様は将軍家。このようなところにおわす御方ではないものを」
とかなんとか(笑)
私の勝手な想像ですけどね

その家達公が亡くなって、最後のお別れにと喜久子妃が出向き、
「御口しめしをさせていただきたい」
と申し出て、御遺体の傍に通されたそうです。
お辞儀をしてお顔を見てみたら、あまりにも恐いお顔をされていたそうで、すっ
かり気が動転して御口しめしもせず、お辞儀だけで帰ってきたそうな。

それについて喜久子妃は、
「おそらく最後がお苦しかったためだろうが、私としては、“徳川家を滅ぼした”
者の孫だというので睨み据えられたような気がしないでもなかった」
と書かれていました

・・・怖すぎる~


その後、時代は飛んで、昭和天皇と皇后のそれぞれの還暦奉祝会のときの
こと。
皇居のなかで会は開かれ、開会の辞を述べる司会役は島津貴子さん、進行係
は鷹司平通さんがされるという晴れがましさ。
山田、入江の両侍従長が謡曲「高砂」で前座を承り、その後は皇族方の楽器
演奏やお孫さんたちの劇など、盛りだくさんだったそうな。


それ、当然お身内のことだから一般人は見せていただけないんでしょうけど。
機会があったら見たいですよね。
ワイドショーでも見られないし・・・、あ、こういうコアな面こそ日曜日の早朝から
放映してた「皇室アルバム」とかでやりそうですよね
15分ほどのあの番組、今でもやってるのかなあ。


それにしても、昭和天皇を取り囲んで古株の皇族方が歓談されている写真も
ありましたが、それを見ているとほんとに美智子様のご苦労がしのばれます
よね
そりゃ精神的に参ったりもするよなあ、と思いながら読んでいると。

香淳皇后の祝賀会のときはお里の久邇宮家の人たちも集って盛大な中にも
家庭的な会だったようで、久邇宮家のお子さんたちの「世界民謡めぐり」などの
あと、各宮妃たちの合唱と踊りなどもあり、そのなかにかの有名な梨本伊都子
さんのお名前が。


美智子様は、この会、楽しめたのかなあ
宮家のかたがたにご挨拶申し上げても無視されたりしなかったのかなあ

なんだか考えただけで疲れてきますよね(^^ゞ


読み終わって、やんごとないお家のかたも、もめ事や悩みごとなどは庶民と
大して変わらないのだなあと思いました。
ただちょっとスケールが大きいだけで(笑)

でもまあ、私は庶民に生まれてほんとによかったです(^^ゞ 




菊と葵のものがたり (中公文庫)
中央公論新社
高松宮妃喜久子

ユーザレビュー:
身近に感じる徳川慶喜 ...
脈々とながれるもの私 ...
興味深い皇族として嫁 ...
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by ウェブリブログ








ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 8

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い 面白い

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック