覘き小平次




京極夏彦さんの作品は、このブログでも何度か紹介してきましたが。

まだ読んだことのない本を図書館で見かけたので、さっそく借りてきました♪

京極夏彦著 「覘き(のぞき)小平次」




時は江戸時代。

木幡(こはだ)小平次という男が、自宅の納戸の中で膝頭を抱え、
ひっそりと座っているところから物語は始まります。


小平次は売れない役者。

一度は有名な歌舞伎役者に弟子入りしたものの、どうにも下手で破門になって
しまった男。

そんな彼が暗い納戸の中に座りこんで何をしているのかというと。

ほんの少し開けた戸の隙間から、己が妻の様子をじっと見ているのですね。


日がな一日納戸にこもってものも言わず、隙間からじっと自分を見つめているだけの
夫に妻が苛立たぬはずはなく、
「そうやって、そんな処に引き籠っちゃあ目を凝らし、夜も日も黙ってじろじろと
妾のことをみておるが、その鄙俗しい(いやらしい)目筋の毒で、妾が病に罹ると
お思いかえ。それともそれに耐えかねた妾が狂うて首でも縊ると思うのかえ」

なんとかお言いよ。
言ったらどうさ。

妻のお塚もいいかげんうんざりして、限界にきているのですね。

お塚は、小平次の後添え。

最初の妻は、貧乏所帯にあえぎながら病を得て亡くなり、一子の小太郎も養子に
やった先で非業の死をとげているのですね。


ということは、小平次のこのふるまいは前妻と子どもを亡くしたせいで気鬱の病
に罹っているということなのかな、と思いつつ読んでいたのですが。

どうもそうではなく、この人はもともとがこういった質の人のようなのですね。

それがここ数年は、少し度を越してきているといった感じでしょうか。




そんな小平次に、江戸から遠い奥州での芝居に出ないかという声が掛かるの
ですが。

大根役者と言われる小平次にもただひとつだけ、誰にも負けない役柄があって、
それは幽霊の役。

もともとがものも言わずに薄暗がりにうずくまっているだけの人であるせいか、
幽霊を演じさせたら右に出るものがないと言われているのですね。


そして、小平次は奥州にでかけるのですが。

じつはこの仕事の裏にはある仕掛けがあって、娘を嬲り殺しにされた父親が、
犯人を捕まえるための大掛かりな罠をはっていたのですが。

その仕掛けの一つに、この小平次の幽霊芝居が使われたのですね。

小平次はこの芝居の裏にそのような仕掛けがあるとは夢にも思わず、ただ
雇われて芝居に出るだけのつもりで奥州に行ったのですが。

好むと好まざるとにかかわらず、否応なくその渦の中に巻きこまれていきます。



その仕掛けを作り、裏で糸を引いているのが、治平という老人。

この人物は、京極夏彦の作品である「巷説百物語」のシリーズに出てくる
人物で、そのシリーズ作品とも繋がっているのですね。

いわゆるスピンオフ作品というのか。

途中まで読んで初めて気づいた次第です(^^ゞ


「巷説百物語」というのは、簡単に言ってしまえば、チームを組んで大掛かりな
芝居を打って悪人を罠にかけたり、あるいは奇態な出来事の謎解きをしていくと
いった話なのですが。

この「覘き小平次」は、視点を変えてその罠の駒のひとつに知らずに使われた
男を主人公にした話だったのですね。


読み進むうち、小平次の隠された半生が語られ、なぜこんなふうな男になって
しまったのかというのもわかるし、毒婦と言われている妻のお塚との慣れ染め
から、彼女の意外な生い立ちもわかってきて、登場人物たちが深いところで
繋がっていた事実も浮かびあがってくるのですね。

因縁めいたその繋がりは、ラストに向けて一気に表に出てきます。


奥州での興行に、小平次を推挙した一座の立て女形の玉川歌仙、暗い目を
した浪人の動木運平(とどろき うんぺい)、小平次とは同輩の囃し方の多九郎。

それらの登場人物たちの因縁の糸が、自分たちの与り知らぬ深いところで
絡まっているのですね。



そんなふうに暗くて、救いようのない話ではあるのですが。

じめじめとした感じはまったくなくて、ラストはすこーんと突きぬけているし、
読後感は爽やかですらあります。

いやあ、すごい世界。

奥州から、死んだはずの小平次が幽霊となってお塚の待つ江戸の家に帰って
くる場面は、読んでいてほんとうに怖かったです。

でもまあ、これにも裏があるんですけどね。


堪能させていただきました(*^_^*)


最後に。

生きていても、悲しいのか楽しいのか苦しいのかさえ もはや わからなくなって、
自分がとても薄っぺらに感じられて話す言葉すら見つからないと言う小平次に
対して、治平老人が言ってきかせる場面があるのですが。


「コトは語って初めてモノになる。語らなくっちゃ何もねェんだ。
嘘でも法螺でも吹きゃ吹いただけモノになるんだ。
お前が薄っぺらなのも、俺の肚(はら)に嵩が開いてるのも、お互い何も
語らねェからなんだろうぜ。
薄っぺらなつもりでいても、お前にゃ厚みがあるんだろう。
空っぽのつもりでいても血もある肉もあるじゃねェかよ。
飯も食らえば糞もするんだ。
人ってなァな、誰もがうすらみっともねえものよ」

みっともなくて無様なものよと治平は言った。

勿論、自己(じぶん)に向けてである。


治平は菖蒲を1本、ぐいと摑んだ。

引き抜く。のろりと根が現れる。

「こいつァこっちが本性だ。花ァ散る葉ァ枯れる、それでもこの汚ェ根っこが
ありゃ、葉も茎もまた生える。
だが根っこァ根っこだけじゃ、何の花だか判らねェわい」




なるほど。

ブログを書くことも、治平の言う“自分が何の花だかわかってもらうために
やっていることなのかもしれないな、などと思った私なのでした(*^_^*)




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この記事へのコメント

2011年02月26日 18:33
こんばんは
またぁ~・・こわいお話を・・
って思いましたよ!表紙もなんだか(--;
でも、面白そうですね。今回も上手い解説!また読んでしまった気分です^^V
今、山崎豊子さんの運命の人を読んでるんですが
四巻目が終わりますから、探してみますね^^
キーブー
2011年02月26日 19:00
ただチャンさん、こんばんは
一見怖い話のようでありながら、そうではないという・・・でも、絡まった因縁話は、別の意味で怖かったですけどね(^^ゞ
いつもお褒めいただき、ありがとうございます。もうちょっと手短に簡潔にできるといいんですけどね。ついつい長くなっちゃうんですよねえ(~_~;)
山崎豊子さんですか~・・・私には鬼門かも(誤爆)
『運命の人』、本屋で平積みされてましたね、そういえば。
「ひえ~、山崎豊子だあ」って思いつつ、通り過ぎましたが(笑)
2011年02月26日 21:52
おお!京極氏ですか!
最近は読んでいないのですが、また読みたくなってきました。
ご紹介ありがとうございます!
キーブー
2011年02月26日 23:41
kemochimeさん、こんばんは
京極さんの作品はハズレがないですよね♪
kemochimeさんはどの作品を読まれたんでしょうか。またブログでの紹介を楽しみにしております(*^_^*)
2011年02月27日 02:02
治平の言葉、重みがありますね。。。キーブーさん、レビュー文、上手ですね。kemochimeさんと双璧のレビューワーですね(^_^)
2011年02月27日 08:29
これは読んだことがあります。
京極さんの本は、装丁から文字まで、凝りに凝っているので、面白いけど、いささかくたびれるところがありますね。(ーー;)
なおみん
2011年02月27日 10:22
最後の引用部分、心に響きました。
根っこだけでは何がなんだかわからない。
おっしゃるとおりです。
そして、咲いた花を他の花とくらべてなんやかんや思うのも自分自身。
ややこしくて愛すべき人間模様。
2011年02月27日 14:11
あの方 ちょっと厚すぎ とっつき不可能 断念
2011年02月27日 17:58
なるほど、見事な紹介と感想の文ですな~(^^)
本を読んでいなくても、読んだような気持ちになりました。
キーブー
2011年02月27日 20:42
たかじいさん、こんばんは
またまたお褒めいただき、ありがとうございます。ホント、励みになります(*^_^*)
kemochimeさんと双璧?!kemochimeさんはもっと短い文で的確にレビューをなさっています。私はまだまだですね(^^ゞ
キーブー
2011年02月27日 20:47
ねこのひげさん、こんばんは
「巷説百物語」もですが、この作品も装丁はもちろん、中身のセリフのひとつひとつにまで細かく神経が行き届いている感じがありますね。伝法なお塚の言葉遣いなど、読んでて惚れ惚れしました(笑)
それだけに、ある程度気力が充実してるときでないとたしかにしんどいかも。でもこの作品は、生きあぐねている小平次の様子がとてもリアルに描かれていて・・・なおさらくたびれるかもしれませんね(笑)
キーブー
2011年02月27日 20:51
なおみんさん、こんばんは
治平さんは、この言葉を自分にも言い聞かせているのですが、ほんとうに心に響く言葉ですよね(*^_^*)
自分の気持ちを言葉にして表すこと、それをしていかなかったら誰にも理解されないし、自分でも生きている実感が乏しくなってしまいますよね。
ぶざまでもなんでも、自己表現をしていくのがすなわち生きていくということなんだなあ、と思いました。
キーブー
2011年02月27日 20:54
seiziさん、こんばんは
たしかに分厚いんですよね~(^^ゞ
だったら1巻、2巻と分けるとかすればいいものを、1冊にまとめたがるし(笑)
夜、布団の中で読むときに片手で支えることになるのですが、マジで手首が痛くなりました。。。
キーブー
2011年02月27日 20:57
moumou.h53さん、こんばんは
moumou.h53さんにも褒められた~
でも、これではこの作品の良さは紹介しきれてないんですよね。それをしようとしたら長くなってしまうし(~_~;)
短い文章で的確に、というのがむつかしいです。


2011年02月28日 13:10
京極さん。わたしも夏場に良く読む作家さんのひとりです^^。ご本人の怪しさにもついつい引き込まれる次第で(笑)いややっ;タイプではありませんけどね^^;))
書評するのは難しいですよね。やっぱりこの世界間は自分で入ってみないとです。

キーブー
2011年02月28日 16:18
うみさん、こんにちは
お元気になられたようで、よかったです(*^_^*)
京極さん、お書きになるものもそうですが、ご本人もかーなり怪しいですよね(^^ゞ
和服もよく似合うし・・・私は嫌いではありませんけどね(笑)
そう、言葉でこの世界観を表わすのはむつかしいです。でも、読みはじめたらすぐにわかると思います♪

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