闘いたい人は、闘うがいいさ(^。^)y-.。o○




もう12月に入り、残すところあと1ヵ月足らずとなりました。

毎年言いますが、早いですねえ(^^ゞ



この時期になると、いつものことながら焦ってしまいますよね。

大掃除関係・・・窓ふきやら換気扇の掃除やら、まだな~んにも手を付けて
ないし


換気扇は、分解の仕方がいまひとつわからないのだけど、これはもうプロに
任せるべきかどうか。

なにやかやと、やること考えることはあるのですが。


そんな忙しい日々の中、いま私の心を大幅に占めているのはこの本。

司馬遷 著  『史記』


全8巻構成のなかの、まだ1巻を読み終わったところなのですが。

いやはやもう、想像以上の大河でありますね^^;


私が覚えているのは秦や漢の時代からなのですが、その前に夏、殷(いん)
などという国もあったのですね。

日本では、まだまだ原始時代に毛の生えたくらいの時代だったころから、
そこそこ秩序だった国家が形成されていたというのは、すごいことだと
思います。


そういう悠久の中国の歴史を、意気込んで読み始めた私ですが。

まあなんつうか、面白味のないこと(笑)

いや、面白くないこともないのだけど・・・ただただ年表を読んでいるかの
ような文面からは、人の息づかいというか、生活の匂いのようなものは
あまり立ち上っては来なくて。

とにかくひとつの王朝が興ってから滅びるまでが長いせいもあって、
皇帝の代変わりも、やれ○が崩じ△が起ち、△が崩じて□が起ち、□が
崩じて×が起ち・・・と延々続き、その×の時代にどうたらこうたら、と、
特筆すべき皇帝のときはその功績が語られたりするわけですが。

これって、「○帝の12代のちの×帝のときに・・・」じゃダメなわけ?

もっと簡潔に、ダラダラ書いてないでさあ・・・ってか、この著者はあまり
アタマ良くないな、なんて思ってしまったところで、いや著者は司馬遷だから
ね。アタマ悪いわけがないわ、って思い直したり(笑)


まあそんなヨソ事を考えているからというか、不遜にも司馬遷の文章に朱を
入れたりなんかしてるからまた本文について行けなくなるわけで(自爆)

フツフツとわき起こる雑念を払っては読み、払っては読み、していたところ。

私が知っている秦の始皇帝が、中盤あたりでやっと出てこられました^^;


この人が、わざわざ人を遣って大金を投じてまで不老長寿を願ったという
のは つとに有名な話でありますね。


だいたいが、不老長寿なんて、考え得る限りの怖ろしい罰であるとしか
私には思えないんだけどなあ。

すべてに恵まれて人生で足りないものが無い状態になると、人は不老長寿
なんぞを願うようになるのか。
・・・もしくは、物事を深く考えない ただの能天気なヒトなのか(笑)


そんなことを考えつつ読んでいったのですが。

秦の時代って、始皇帝が亡くなるととたんに弱体化して、すぐに滅んでいた
のですね。


その後、漢の時代に入り、かの有名な呂后(りょこう)の名前が出てきました。

漢の高祖、劉邦の正妻でありますね。


劉邦も有名ですが、私からすれば、奥さんの呂后のほうがインパクトが
ありますね。

夫亡きあと、側室の戚(せき)夫人の生んだ王子を殺し、それだけでは
飽きたらず、戚夫人の両手両足を切り落としたのは有名な話でありますが。

この『史記』にも、その辺のことが記されておりました。


呂后は糟糠の妻で、劉邦が天下を取るまではいろいろと苦労もしたようで
ありますが。

いざ夫が漢の高祖になってみると、その傍には若い戚夫人がべったり
くっついていて、彼女は敬して遠ざけられてしまうのですね。

まあそう聞けば、かわいそうではあるけれども。

だからって、側室の四肢を切り落とすまではしませんよね、普通


しかも、こういう気の強い女性の息子は えてしてとても優しい人であったり
するわけで、自分にとっては腹違いの弟になる戚夫人の息子を母后から
守ろうと、ずっと行動を共にしたりなどしていたようですが。

ふとした隙をついて、幼い弟は毒殺されてしまうのですね。

それだけでも彼にとっては衝撃だったのに、
「あそこに人豚がいるから、見てきてごらん」
などと母親に言われ、戚夫人の無残な姿を見て、精神を病んでしまうの
ですね。

この息子は父の後を継いで恵帝として即位していたのですが、短命で
終わってしまいます。


その後、呂后は、恵帝の息子で孫にあたる男の子を帝位につけようとする
のですが。

皇后には子がなく、その男の子は女官の生んだ子であったため、その事実
を隠ぺいするために生みの母を殺し、皇后の子として即位させたりもして
います。

側室腹の子を乳児のときから引き取って、正妻の子として育てることは
昔からよくあることだし、そういうふうにすればよかったものを。

わざわざ生みの母を殺すところが、なんともこの人らしいというか(~_~;)

その後、この事実を知った孫から反発されるや、呂后は孫までもさっさと
殺してしまっています。


うーん、すごいなあ

いくら時代が時代だとはいえ、もはや、理解不能。


そこで、考えたんですよね。
もし私が、戚夫人だったとしたら



恵帝が柔弱であったため、劉邦は一時、戚夫人の生んだ男子を跡継ぎと
して考えていたこともあったらしいんですよね。

戚夫人も、泣いてそれを頼んだりしていたようですが。

私だったらまず、そんなことはしないですね

むしろ、呂后の生んだ世子である恵帝を立てるように気を遣うし。


あと、劉邦はいつも戚夫人ばかりを傍に置いて、遠征をするときも彼女を
よく連れて行ったそうですが。

私なら、ほかの夫人たちも一緒に連れて行くよう劉邦に進言して、自分だけ
目立つことのないようにするだろうなあ。


そのほか、できることは?。。。

と、ここまで考えて、もうめんどくさくなってしまった私

嫉妬に狂ってよこしまな考え方しかできなくなっている呂后に対して、いろい
ろと気を使って対処してみても結局のところはムダでしょうし、劉邦が死んで
しまえば何をされるかわからないし(~_~;)

ということで。

私ならたぶん、めんどくさくなって勝負を降りるでしょうね(笑)


体の具合が悪いとか言って、遠征についてくるよう指名されても遠慮するし、
自分のところに劉邦が来ても化粧もせず、今流行のアヒル口どころか 口角
も下げまくって(笑)うなだれて、心身ともに不調なふりをして(^^ゞ

床から起き上がれないと言って、布団の中で実は本を読んでいたりなど(笑)


いくら美しいとはいえ(劉邦の側室に選ばれるくらいですからね)化粧もせず
しょぼくれて寝込んでいたら、きっと劉邦の訪れも間遠になって、呂后に嫉妬
されることもなくなるだろうし。

そんでも息子を生んでいるから、日干しにされる心配は無いし


はた目には、ウツロな目で空をぼーっと見上げているように見えても、実は
季節の移ろいを楽しんでいたり。

フラフラとさまよっているように見せつつも散歩を楽しみ、おにぎりなんぞ
持参して、小川のほとりで澄んだ流れを見ながらほおばってみたり。

そんなふうにして、楽しく呑気に暮らすのさ(^O^)

これって、我ながらいいアイディア♪


エア側室・・・この生き方だと天寿を全うできるし、楽しく暮らせると思われ
ますが、いかがでしょうか?(^^)v




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この記事へのコメント

2013年12月03日 21:09
その呂后が戚夫人にした仕打ちは有名ですね。ゾッとします。それがトラウマで中国の歴史が嫌になって韓国史劇に走りました。でも、昔の人って手加減を知らないから残酷ですよ~電気イスすらないし・・・☆でも賢明な『エア側室』なら、無事に暮らせそうですね
2013年12月04日 00:45
>まあなんつうか、面白味のないこと(笑)
わかるわ~
残虐行為は、日本の皇室でも徳川幕府でも普通に行われていたわね。
何人、毒殺その他で小さい子供が殺されたのでしょうね
2013年12月04日 11:53
キープーさん 恐れ入りました。司馬遷の「史記」に食いついたとは・・・・山にたとえれば、エベレストですよね。
私が尊敬してやまない故・司馬遼太郎先生が司馬遷を敬愛し、せめて司馬遷を遥かに望める所に辿り着けたら・・・という気持ちで「遼太郎」のペンネームをつけたという話は有名ですよね。
私は「史記」を読んでいませんが、史記を書いた司馬遷に関しては、若い時分に読んだ事があります。
国の書記官として働いていたときに、時の皇帝に逆らって、史実に忠実な歴史書を書こうとしたために「去勢」の刑を受け、回復後もなお自説を曲げずに書き通したのが「史記」であると・・・。
私は「史記」を遥拝するのみで敬遠してしまいました。
キープーさんの根性には圧倒されます。そして、素直な気持ちで貴女を尊敬します。
キーブー
2013年12月04日 18:06
ぬえさん、こんにちは
中国の貴婦人は、けっこう凄い人がいますよね。側室のときに女子を生み、正室がその子を見に来てあやして帰った後に自分でその子を殺しといて「正室様がお帰りになったとたんに死んでしまった」などと泣き騒いで罪を着せ、正室の座から追い落とした人とか^^;
エア側室・・・いろいろ考えましたが、こりゃもう勝負を降りるほかないなと思ったんですよね(笑)
そのほうが気楽に楽しく生きられるし・・・劉邦は、どうぞ欲しい人たちで取り合って下さいということで(爆)
キーブー
2013年12月04日 18:12
もうヘトヘトさん、こんにちは
中国の歴史そのものはダイナミックで面白いんでしょうけど、いかんせん書き方が・・・って、恐れ多くも司馬遷の文章にケチをつけたりしております(^^ゞ
残虐行為は、各国の王室で行われてますよね。英国王室などもかなりなもんでありますが
中国は、ちょっとまた毛色が違っているというか・・・独特な昏さというか禍々しさがありますね。そこがまたあの国の歴史に不思議な彩りをを添えている気もしますが。。。
キーブー
2013年12月04日 18:21
あきさん、こんにちは
はい、エベレスト級ですね 近くの六甲山の頂上へも登ったことのないものがいきなりそんなものを目指しておりますが(自爆)
司馬遼太郎は、私もいくつか作品を読んだことがあり、好きな作家でありますが・・・そのペンネームは司馬遷から来てましたか。それは知らなかったです
そんで司馬遷って、皇帝に逆らって史実に忠実な歴史書を書こうとしたために去勢の刑を受けたにも関わらず、なおも屈せずに「史記」を書き通したのですね。これも知らなかったなあ(~_~;)
それなのに私ときたら、「だらだら書いてないで簡潔に」とか何とか、朱を入れたりなぞしてたし(爆)
そんな私を、あきさんは尊敬して下さるなんて・・・とんでもないことです。やっと1巻読み終わったばかりだし・・・そんなに褒められちゃったら、途中で放り出せなくなっちゃうじゃないですか(自爆)
2013年12月04日 20:09
もぉぉ~~ 
あっさり下りちゃうんだからぁ~~

まぁ 確かにめんどくさいけどね^m^
キーブー
2013年12月05日 17:45
まるおおさん、こんにちは
めんどくさい人が権力をふるってる場からは、逃げるに限ると思うんだよね^^;
特に嫉妬深い女の人なんて、めんどくさいの極地だからね。。。

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