これこそ私の読みたかった、血肉のかよった『史記』であります。




以前、司馬遷『史記』を読み始めるも、歯が立たずにとうとう全巻読了する
ことなくそのままになっていると書きましたが^^;

私の歯でも なんとか咀嚼できる『史記』を、とうとう見つけましたよ~!


北方謙三著 『史記 武帝紀』


今現在、6巻まで読み進めておりますが。

あまりの面白さに夜中になっても本を閉じることができず、その態勢のまま
で落ちてしまったことも何度かありました(笑)


4巻目などはなかなか図書館の本棚に帰ってこず、このままではそこにある
5,6,7巻を読むこともできないのでじれじれしながら待っていたのですが。

2週間を過ぎても棚に戻ってこなかったので、予約を入れて「はよ返せ」と
催促をしたことも(笑)


さて、この『史記』でありますが。

小説の体で書かれているので、登場人物のキャラクターが読み手の中で
しっかり立ちあがってくるため、司馬遷のものと比べて難解なところがまったく
無くて、どんどん読み進められるんですよね




漢の武帝が立ったばかりの頃のこと、ひとりの若き軍人がめきめきと頭角を
現し始めます。

その名は、衛青(えい せい)。

身分卑しい青年ではあったものの、それまでずっと漢の国を護ってきた李広
(り こう)将軍でさえ掴めなかったほどの戦勝を手にし、大将軍に任じられる
ことになります。

衛青の姉はその頃、帝の寵姫ではあったものの、その引きではなく、実力で
勝ち取った大将軍の座であったのですね。


この頃の漢は、北に位置する匈奴の侵攻と略奪に長いあいだ悩まされて
おり、蛮族であるとはいえ剽悍な匈奴の兵からは国境線を守ることだけで
精いっぱいの状態。

“どうやって匈奴を防ぐか”がいくさの最大目標だったその頃に、彗星のごとく
現われた衛青将軍は、匈奴と互角に戦ってしかも勝利をもぎとってきた最初
の将軍だったのですね。


その後、衛青が指揮を執ったいくさは連戦連勝で、匈奴は国境線よりはるか
北へ逼塞せざるを得なくなり、若き武帝とともに、漢の国は輝かしい繁栄の
時期を迎えることになります。


その後、衛青の甥の霍去病(かく きょへい)も将軍になり、この人はまた
おじの衛青をしのぐほどの大勝利をもたらしたので、このふたりがいれば
漢の国はずっと安泰だと思われたその矢先。

なんと、まだ24歳になったばかりの霍去病将軍が急死。

いくさで亡くなったのではなく、家にいたときに心臓発作のようなものを起こし
たらしいのですが。

壮年に達していた帝は、まだ若い霍去病の死に衝撃を受け、そしてその頃
から国のゆくてには少しずつ暗雲が立ち込めはじめます。

そんな矢先、今度は頼みの綱の衛青までが亡くなってしまうのですね。



ということで。

衛青、霍去病の両巨星亡き後の漢の国ですが。

帝は、若いころの粘り強さがなくなってきて、阿諛追従する臣だけを身辺に
置くようになります。

それと同時に、軍の戒律も緩みに緩み、逃げ出したりする兵が続出したうえ、
兵糧を勝手に売りさばく幹部まで出て、なんといくさの途中で兵が飢えて
しまったりする事態にまで。

これはもう、いくさをするどころの話ではないですよね。

帝は、これまでのような戦勝報告を聞けないどころか、どれだけの大軍を
投入しても勝てない状況が理解できずにいるのですが。

結局のところ、帝は身びいきで臣をみるようになっていて、自身が抜擢した
総大将の将軍の無能ぶりがわかってきても、それを罰するどころか、まるで
八つ当たりのような罰を他の者に下したりするほどに荒廃した精神状態
にあるのですね。


ちなみに。

人格者だった李広将軍を尊敬していた生前の衛青は、自分の方が高い地位
に就いたあとでも李広将軍に対してはずっと恭しい態度をとり続けていたの
ですが。

李広将軍亡きあとは、残された孫の李遼(り りょう)とその幼なじみの蘇武
(そ ぶ)に手ずから弓のひきかたを教えたりして、息子同様にかわいがって
います。

今回の出兵は、その李遼が成人して初めての出陣だったわけですが。

それなのに彼に与えられた兵は騎馬ではなくただの歩兵で、しかも数も
少なかったうえに、指示を仰ぐ老将軍には讒言まがいのことまでされて
しまうのですね。

それでも李遼は黙って逆境に耐え、少ない歩兵を率いて匈奴の騎馬の大軍
と戦い、よく奮戦しもちこたえるのですが、結局は匈奴の捕虜となってしまい
ます。

そのあたりのことを周りはちゃんとわかっているのに、保身ばかりを思って
誰も帝に説明しようとはしないところを、司馬遷は理路整然と帝の前で話を
したのですが。

なぜか司馬遷が刑を受け、軍の上の人間には何の罰も与えられずに終わり
ます。


それどころか。

李遼が匈奴へなびいたと誤解した帝は、なんと李遼の家族を皆殺しにして
しまうのですね。

老いた母と妻、そして幼い息子を一度に殺され、生きていく希望を無くして
しまう李遼ですが。

その後、匈奴の皇太子や将軍たちと心を通わせるようになり、匈奴の李遼と
して生きていく決心をかためます。


ちなみに、幼いころに李遼とともに衛青大将軍から薫陶を受けた蘇武ですが。

彼はその後、帝から匈奴への使者として遣わされるのですが、匈奴に滞在
すること数日で内紛に巻き込まれ、匈奴の単于(ぜんう。王のことです)の
命令で極北の地に流されてしまいます。

雅びな漢の国の文官であった蘇武が、まともに人の住めない極寒の地に
放り出され、死ぬような目に遭うのですが。

自暴自棄になることなく、必死に生き抜くのですね。


李遼といい、蘇武といい。

その逆境に完膚なきまでに痛めつけられ、心は一度、死んでしまっています。

そこからふたりとも立ち上がり、李遼は匈奴の軍を鍛え上げ、年少の兵たち
を育成することに没頭し、蘇武はいろいろ工夫して寒さをしのぎ、少数の蛮族
の攻撃をたったひとりで受けて立ったり、こちらもまた必死に生き抜いていく
のですね。


このふたりの再開の場面は、想像したような大仰なものではなく、苦難を
乗り越えてきた者同士の静かな感動に満ちたもので、私はその場面を
何度も何度も読み返しました。

それくらい、心をゆすぶられたのでありますね。



そんなふたりの青年にくらべて、漢の帝はと言えば。

衛青や霍去病が生きていた頃の闊達で峻烈な性格はどこへやら、老いの
影が色濃くなり、「死んでいなくなること」を、それこそ死ぬほど恐れて日々を
暮らしています。

歳のせいで体調も不安定になりがちなのですが、そのことを当然のことと
して受けとめることができず、誰かに呪詛をされているのではと疑心暗鬼に
なる毎日。

そこを佞臣につけこまれ、呪詛をなしたとの告発が次から次に出て、かなりの
功績のある重臣までもが死を賜ったりするまでに。


思うに。

帝は、たしかに自分でわかっているとおり世にも孤独で大変ではあるけれど。

そうはいっても、死ぬほどの思いや、一度死んでしまった、と思うほどのところ
を乗り越えた経験がないから、死をこれほどまでに恐れたのでしょうね。


片や、李遼や蘇武は、文字どおり一度死んでしまい、そこから立ち上がって
きたために、本当の死をまったく恐れてはいないのだと思います。


それにしても。

若き帝のもとで衛青が活躍していた時代に漢の国にあふれていた清冽な
気風は影も形もなくなり、今となっては廷臣みなが保身に汲々としているのに
くらべ、匈奴の方はと言えば。

国を滅ぼされる一歩手前までいき、民を率いて最北の地へ逼塞し、飢えと寒さ
で死者まで出すほどの地獄を舐めたせいか、国全体がしゃっきりとひきしまった
感がありました。


単于といえど その暮らしぶりは質素で漢の帝のような華美さはまるで無いし、
北へ追いやられてからすぐに時の単于が失意のうちに亡くなるや、その兄弟
3人が順繰りに単于を継ぐのですが、みな心身をすり減らして国のために
必死に善政をしいています。

軍人たちも、漢の国のように腐敗してだらけたりなぞしてはおらず、みな
一心に国を思ってきつい訓練に耐えているのですね。


李遼は、そんな匈奴の気風にも感じるところがあったのでしょうね。



さて。

これから、李遼と蘇武はどんな運命を辿るのか、そして漢の国と匈奴も、
どんなふうになっていくのか。

とても楽しみです(*^_^*)


長くなってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございました



史記 武帝紀 1 (時代小説文庫)
角川春樹事務所
北方 謙三

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この記事へのコメント

2014年06月03日 23:01
史実に基づいた話はたいがい面白いですよね。キーブーさんののめりこむ気持ちがすごく伝わってきました。また、続編など教えてください。
2014年06月04日 12:33
キープーさんの力作を読ませてもらいました。
話の筋をきちんと整理して、ぶれずにボケずに書かれていますね。これはもう並みの才能ではないぞ!!
史記や三国志などに関する中国の歴史物語は、男性の場合、様々なエピソードとして、学校だけでなく、実社会に出てからも「サラリーマン啓蒙の読み物」になっています。
しかし女性にはおよそ苦手な分野ではないか、と勝手に思っていたけど、キープーさんは見事に消化してくれましたね。
凄いぞ、凄いぞ!!
キーブー
2014年06月04日 22:13
ごろーさん、こんばんは
長い文章を、最後まで読んでいただきありがとうございました(*^_^*)
歴史ものは、日本のものも海外のものもとても面白いです。着地点はわかっているのに、独特の魅力がありますよね
はい。本日さっそくに図書館へ行って、ずっと棚に並んでいた7巻と8巻を借りてこようとしたのですが、影も形もありませんでした
少し待ってみるけど・・・なかなか返ってこないようなら、また必殺予約入れをやってみます(笑)
キーブー
2014年06月04日 22:22
あきさん、こんばんは
長い文章になってしまいましたが、お付き合いいただきありがとうございます(*^_^*)
過分なお褒めの言葉までいただきましたが、でも自分としてはもうちょっと短文でまとめたかったかなあという思いもあります^^;
「サラリーマン啓蒙の読み物」! ありますねえ。私も、あれは苦手。歴史的事実だけをつらつらと綴り 教訓部分を強調してあるだけで、生活の息遣いというか血肉にあたるものが全然なかったりしますよね。
でも北方さんのはそうではなく、その血肉部分が書き込まれている感じなんですよね
とはいえ、帝の寵姫である衛青の姉が、その寵愛を若い女性に奪われたりするところなど、わりと淡々と書かれていたりして、ちょっと肩すかしを喰らった感もありましたけど(笑)
2014年06月05日 00:41
>北方謙三著 『史記 武帝紀』
『史記』、昔(計算すると本当に昔で)読んだけど、覚えていない。。。
これだけの本を書くと能力だけじゃなく体力も使うでしょうね
何を感動しているのだろう
私って
キーブー
2014年06月05日 22:08
もうヘトヘトさん、こんばんは
ヘトヘトさんも昔、読んでおられたのですね
そうなんですよ。6巻にくるまでに、主要人物が世代交代してますもんね。ここまで書くのってホント、体力と精神力がいるでしょうね。文字どおり命を削って書いてる感じじゃないかなあ。すごいですよね^^;
2014年06月06日 08:14
歴史もの好きなんだね~~
書き手と読み手にもやっぱ相性があるのだねぇ
しっくりするのと出会えて何より!
私もたまに本くらい読みたくなったじょ~~♪
キーブー
2014年06月06日 21:07
中国の歴史ものは、登場人物も多いうえに名前が堅くて覚えにくいんだよね^^;
全編、男気がみなぎっているようなうっとうしいものが多いし、あまり手を出さないようにしてたんだけど(笑)
これはすんごくハマったんだよね。きっとまるおおさんも面白いと思うんじゃないかなあ。お勧めです(*^_^*)

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