つながる世界の面白さ。
こないだ、図書館でまた面白そうな時代ものの本を 見つけたのですが

パラパラと めくってみると、どうやら主人公は大谷刑部(おおたに ぎょうぶ)
のよう。
大谷刑部といえば、かの関ヶ原の戦いで西軍に与して 討死をした武将
ですよね。
若い頃から不治の病に侵され (一説には らい病とも言われていますが)、
崩れた顔を隠すために いつも頭巾を被っていたとも。
安土桃山時代から徳川時代にかけては、いろんな人を主人公にした本を
読んでいるので、私なりに知識は あるつもりでおりましたが。
考えてみれば、大谷刑部については ほとんど知らないなあと思い、いい機会
なので この本を読んでみることに。
富樫倫太郎著 『白頭の人』
刑部は、子どもの頃から 石田三成とは親しくて、同じ寺で学問に励んでいた
のですね。
そこで、かの有名な、気の利いたお茶出しで 三成は秀吉の目に留まり、
出仕することになるのですが。
将来は仏門に入るつもりでいた刑部も、その引きで 一緒に出仕することに。
めきめきと頭角をあらわしていく三成や、ほぼ同年代で やはり活躍している
加藤清正や福島正則などと比べると、能力は あるのに いまひとつ地味な
存在だった彼ですが。
三成のように才を誇って人の反感を買ったりすることもなく、また、清正や
正則のように乱暴でもなく温厚で、敵をつくらない人柄がまわりに愛され、
秀吉の信任は とても あつかったようですね。
読んでいくうち、真田の名前が出てきて、あれっと思った私。
はい、今現在、NHKで 『真田丸』 が放映されていますよね。
あれは私は観てないのですが、何度かチラッと観かけるたび面白そうで、
何で最初から観ておかなかったのかと後悔していたところだったんです
よね(笑)
まあもう しょうがないし・・途中から観るのもナンだしで、暮れの一挙放送の
ときに録画して、あとで ゆっくり見なおそうと思っております。
ま、それはともかく^^;
三成から、とある人質の世話を たのまれる刑部ですが。
その人質というのが、真田源次郎。はい、のちの真田幸村だったので
ありますね。
私のなかで、彼は 堺雅人の姿かたちで いきいきと立ち上がってまいり
ました(笑)
そしてなんと、のちには源次郎のもとに、刑部の娘の とく が嫁いでいるでは
ありませんか

へえ~、そりゃ知らなんだ、と思って読み進んでいると、今度は黒田官兵衛
の名が。
官兵衛は 権謀術数が衣を着て歩いているかのような人物で皮肉屋でもあった
ため、みなに恐れられていたのですが。
自身も病に苦しむ身だったこともあり、刑部には優しかったようですね。
そんな彼も、私の脳内ではV6の岡田クンでありましたよ(笑)
そして、そして。
秀吉の命で、三成が小田原征伐に向かうことに なるのですが。
そこで、かの有名な忍城 (おしじょう) が登場♪
はい。 『のぼうの城』 でありますね(^O^)
忍城での攻防は、短く触れられていただけでしたが。
私の脳内では、野村萬斎演じるところの あの飄々とした のぼう様
が見え隠れして おりました(笑)
そして、物語は終盤にさしかかり、関ヶ原の戦いへ。
刑部は、味方の裏切りのために あえない最期を とげるのですが。
まだ若い嫡子の勝太は、なんとかこの戦場から落ちのびるのですが、
探索の手を逃れて放浪生活を余儀なくされ、その年月は何と14年にも及んだ
とか

その後、大阪夏の陣・冬の陣でふたたびその姿を現し、最後は幸村とともに
討死したのですね。
享年三十七。
この人の生涯も、すごいですよね。
最後に。
刑部の妻ですが。
北政所 (きたのまんどころ。秀吉の正妻 ねね )の口添えもあり、処罰は
逃れて、京都・大原で庵を結び、夫や家中の者たちの後生を弔って、51歳で
亡くなっています。
生活は 楽ではなかったようですが、北政所からの季節ごとの贈りものなど
もあり、困窮は しなかったようですね。
その北政所も、関ヶ原で東軍のために動いたので、のちには家康の心遣い
で高台院という寺まで建ててもらって、悠々自適だったとされますが。
でも。
私が読んだ本のなかには、実家の浅野家への徳川のやり方が峻烈だった
とか、徹底的な豊臣潰しの政策のために 夫の秀吉の廟まで壊されてしまい、
晩年は絶望に沈んでいたなどの話もありました。
結局のところ、誰も歴史に立ち会ってきたわけではないので、見る角度に
よっても同じ史実がまったく違うものになってしまったりもするわけで。
ある特定の人物の視点に立った場合は、なおさらですね。
いろんな本を読んで、あらゆる視点から歴史を ながめてみるのも また
楽しいかと思います。
それだけではなく、これまでに読んだ本や 観た映画の世界などとも、
思いがけないところで つながったりもしますしね

それにしても、大谷刑部。
古い友である三成が どうあっても戦うつもりだと知ると、西軍には勝ち目が
ないとわかっていながら、黙って加勢したのですね。
派手なエピソードが あるわけではないけれど、その人生は徹頭徹尾 誠実で、
温かい人柄が 見て取れるものだったのだなあと思ったことでありました。
この記事へのコメント
久しぶりにNHK大河を見ているので、タイムリーに面白いです。ドラマのあちこちを思い出しながら、ほぅ~、なるほど。今、ちょうど、三成に与し、山本耕史くんを涙にくれさせたところですよ。
三成を演じているのが山本耕史でしたよね。そんで、刑部は なんと ラブりん らしいですね
刑部が、お茶の席で 茶碗の中に膿を落としてしまったのを、そ知らぬ顔をして 三成が飲んでくれたんですよね。この本のなかでは、それをしたのは 秀吉になってましたが。
大河も、もうそろそろ関ヶ原ですか。そこで三成が死んで、それから後が長いんですよね、幸村が主役だと^^;
やっぱこれ、ちゃんと録画して 最初から観ることにします(*^_^*)
人生ドラマ、本当に波乱万丈だわ
この頃、幸せだったと言い切れる人は、今より少ないのかな
やっぱり、平成は幸せな年代かな
でも、確かに将としては才能のあった方だったみたいです。関が原400周年の時、地元の郷土史家の方に案内してもらいましたが、関ヶ原の大谷吉継陣地あと後方には、新しい山城を築こうとしたみたいですよ。
やはり、西軍の方の武将でも後世、よく書かれている人とひどい評価の人がいます。
ま、三成みたいに人気のない武将は散々に書かれますよね。そういう意味じゃ、惜しい人を亡くしたと思わせた人は、その頃から東軍諸将にも悪くは言われなかったのでしょうね。
そうですね。この時代の人は、今に くらべればホント短命。それでも、その人生の重みは、今とは くらべようもないほどだったでしょうね。なにせ、いつ命を落としてしまうか わからないような時代だったし。
あら!まだこもよさんは一国一城の主、CEOではありませんか
命の危険はないにしろ、家族の命運を担って 日々戦っておられるのだから、薄っぺらい人生などということは ありませんよ
ホント、人生いろいろ。どの時代のどんな人も、いろんなものを抱えて生きているのでありますね。。。
そうなんですよね。着地点が わかっているというか、どうあっても この人はあの運命を逃れられないんだなあ、なんて思いながら読み進むのも 切ないものがありますね。
この時代は、自分が 幸せかどうかなんて 考えるヒマもないくらい たいへんだったでしょうね。庶民なら なおさら。ボヤボヤしてると殺されちゃうし(~_~;)
平成ほど、平和で落ち着いた時代もないはずなのだけど・・・自殺率の高さや、ウツの人の多さ・・・ホント難しいことでありますね。
三成は、あまりに 頭が良すぎて 周りがみんなアホに見えたのかも。そんでまた、それを隠そうとは しなかったようですね^^;
その点、刑部は三成と親しいだけではなく、清正や正則とも ちゃんとそれなりの付き合いはあったようです。敵を作らない人だったのですね。
でもそれも、誰を視点に語るかで違ってきたリしますよね。三成が主人公の本では、三成は 端正な学者肌の 誠実な人物として描かれていたし。
秀吉などは、好きという人が多いですが、私は あまり好きではないです。
若い頃は 闊達で魅力的な人物なのに、年を取ってからの残虐さは ちょっと理解不能な感じ。老耄なのか本性が出たのか・・・読んでて寒気がするほどでした(~_~;)
大谷刑部、名前だけはちょっと聞いたことがあるな・・くらいに知っていましたが、本当に波乱万丈な人生でしたね。
でも強いものにすぐになびくそのころの風潮に属せず、温厚な人柄を通して、最後まで三成についていく、これはとても素晴らしいです。
それにしても、真田幸村、黒田官兵衛、そしてのぼうの城と、すべてにどこかに通じるのですねー。
本を良く読まれているのに感心しました。(^^♪
そして、いらっしゃいませ(*^_^*)
お啓さんのブログは、たびたび読ませていただいておりました
長年連れ添ったお連れ合いの死に挫けることなく、日々を過ごしておられる様子に、軽々にコメントを書くのも気が引けて、ときどき気持ち玉だけ置いていたのですが。
今回、コメントを戴けて、とても嬉しいです
大谷刑部は、その人柄の良さだけでなく、ごく若い頃から難病に冒され、苦難の人生を送ってきた人なんですよね。そこにも惹かれました。
本は、好きなものだけ読んでいますので、大したことはないです^^;
「のぼうの城」以外は、本ではなくてテレビドラマですしね(^O^)
こんな気ままなブログですが、よろしかったらまた おいで下さいね。私も、次回からは コメントを書かせていただきます(*^_^*)