時を戻せるならば。




昨日は、震災から丸3年目の日でしたね。

テレビでもずっとこの関連の番組が多くて、
「これから津波の映像が流れます。ストレスを感じたら視聴をおやめ下さい」
などとアナウンサーが言うやいなや、ヘタレな私はチャンネルを替えたり
してました(~_~;)


自分が被害を受けたわけでもないのにこのありさまですから、実際に家族を
亡くされたりした方はどれだけつらいだろうと思ったことでありましたが。


午後からはもうテレビを消して、本を読むことにした私。

畠中恵 著 『ゆんでめて』

この本は数日前から読んでいるもので、ちょうどこの日に読了しました。

といっても、今日はこの本の感想を書くつもりはなくて。

ラストの部分が、妙にこの震災とかぶって見えたんですよね。


この本、かの有名な『しゃばけ』シリーズの1作で、ご存知の方も多いかと
思います。

主人公は、大店の病弱な若旦那。

母親はじつは狐の化身であり、傍についている手代の“兄や”ふたりも、
妖(あやかし)の者たち。

母親の血のせいか、若旦那には人には見えないはずの神や妖たちの姿
が見えるし、部屋には家鳴りなどの妖怪たちが仲良く一緒に暮らしています。


このシリーズ、いつもはほんわかしたり、クスッと笑ってしまったりするお話
ばかりなのですが。

今回は、冒頭から悲しみの気配が見えます。


タイトルの『ゆんでめて』というのは、左手・右手の意味。

甥の誕生祝いに兄のところへ行くはずだった若旦那は、本来 左の道へ
行かなければならないところを、ふとしたはずみで右の道へ行ってしまい、
結局そのせいで大切な者を亡くしてしまうことになります。

その後数年間は、手を尽くしてなんとかその者の恢復をはかったのですが、
どうにもならず、だんだん弱っていく様子を、心を痛めながら見るしかなかった
若旦那。


とうとうその者の気配が消え失せてしまったとき、埋めるべくもない喪失感に
襲われ、寝付いてしまうのですが。

もともと若旦那が道を誤った件については、格下の神のひとりの失態が原因
になっていたこともあり、上の方の神が、時を戻してくれるのですね。


もちろんそうなると、右の道へ行ってからの苦しい記憶は消えてしまいます。


なので若旦那は、自分がどうしてこんなにも安堵しているのかよくわからない
まま、少しぼうっとしてしまうのですが。


そんな若旦那の前に現れた神は、小さな声で、
「これよりは、弓手(ゆんで)の道。始まるのは、知らぬ明日」
とだけ告げて消えてしまいます。

人は、新たに出会う者。起こるのは、初めての出来事。何故ならばこの先は
二手に分かれた道の弓手の先の場所であるのだから。

悲しい目に遭った馬手(めて)・右の道ではなく、新たに弓手(ゆんで)・左の道
を行くチャンスをもういちど与えられたわけですね。



これって。

同じように、時をあの日・あの時に戻せるなら、どんなにいいか。

あの日に限って、どうして自分はあんな場所にいたのか。

もういちどあの日に戻れるなら、こっちの道を行くのに。


そんな、声にならない声がたくさん聞こえてきた気がして、本を閉じて思わず
ため息がでました。


本のなかの若旦那は、今となってはもう、自分がどれだけ大きな悲しみを
かわすことができたか、わからずにいるのだけど。


この時期にこの本を読んだことが偶然とは思えなくて、いろいろと
考えさせられた一日でありました。



ゆんでめて (新潮文庫)
新潮社
2012-11-28
畠中 恵

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