すてきな あなたに


「暮らしの手帖」という雑誌がありますね。
時代に左右されない落ち着いた雰囲気が好きで、ときどき図書館で手に
取ってみたりしていたのですが、そのなかに「すてきな あなたに」という頁が
あります。

日々の何ということもない光景を切り取った感じのお話や、おいしかった
料理のレシピが載っていたりなど、心が静かに落ち着く感じの頁なのですが、
その部分が一冊の本になっています。


大橋鎭子著 「すてきな あなたに」

著者をはじめ、熊井明子さん、石井好子などが匿名で連載をしていて、その
文章も長すぎず短すぎず、読みやすいんですよね。
たぶん今5巻目くらいまで出ているんじゃないかな。

専業主婦をしていて、たぶん自分の人生はこのまま何の変哲もなく過ぎていく
のであろうとのんびり予想していた頃から現在まで、この本は図書館で見かけ
るたびに読んできましたが、どんな心境で手にしても、すっと心にしみていく
素敵な本です


今回、印象に残ったところを挙げてみると。

昭和初期。
著者がまだ小学校に行くか行かないかの頃のこと。
著者のおかあさんがブリキ屋さんにたのんで、箱を作ってもらったのだそう
です。

おかあさんが紙に図面を描いて、ブリキ屋さんと相談しつつ作ったその箱は、
今でいうオーブンのようなものだったようで、おかあさんは
「今日はビスケットを焼こうかしら」
と言って、タネを作ると、それをブリキの箱の中に入れて上に真っ赤に焼けた
炭をのせ、その箱をコンロにのせたのだそうです。

そうすると、あたりにはたちまち甘いいいにおいがして外に流れ始め、近所の
遊び仲間たちが集まってきて、著者はおかあさんに言われて焼きあがった
ビスケットを友達に配ったのだとか。

そのとき著者は、おかあさんを世界一すてきな人だと思ったそうです。
そしてその時の思いは今も忘れられないのだとか

そうだろうなあ。
私の子どもの頃でさえ、友達のおかあさんでクッキーを焼く人なんていなかった
のだから、昭和初期ともなればすごくハイカラなことだったでしょうね。

私もこぶたたちが小さかった頃ははりきってクッキーやケーキを焼いたりした
ものだけど。
そういえばこぶたたちは友達が遊びに来ると、それを誇らしげに分けてあげて
いたような。
少しはあのとき、“すてきなおかあさん”と思っていてくれたんでしょうかねえ(笑)


うちの母親は料理のうまい人でしたが、それは日常の惣菜料理で、しゃれた
お菓子などはまったく作ってはくれませんでしたが。
イラストなどはわりと上手で、一度など、何を考えたか学校から帰ってみたら
子ども部屋のカーテンが掛け替えられていて、それまでのプリント地から一転、
白一色になっていたことがありました。

それだけではなく、よく見たら下のほうにカラーペンで母が水森亜土ふうのイラ
ストを帯状に描いていて。
今見たらどう思ったかわかりませんが、当時の私の目から見たらとてもしゃれた
カーテンで、友達が来るたびに自慢したことを思い出します。
友達もみな羨ましがっていたところを見ると、なかなかの出来だったのかもしれ
ませんね


そんなことを考えていて思ったのですが、子どもの頃の心の宝箱に溜まった
そういう日々の思い出が、大人になってからの生きていく力になるのではない
でしょうか。
勉強漬けになっている子どもたちは、知識だけは豊富でも心の宝箱が空っぽ
のまま大人になってしまっているため、何かあったときにポキッと折れやすく
なっているのではないかなと。
それが昨今の自殺率の高さなどにも表れているのではないかなどど、思った
りもしましたが、どうでしょうね。


最後に、著者が出席した結婚式で、披露宴のお祝いの言葉として朗読された
詩があり、それを聞くうち涙があふれそうになったのだとか。

私も読んでいて、なんていい詩だろう、と思ったので載せておきます。


『祝婚歌』  吉野弘

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気づいているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい

互いに非難することがあっても

非難できる資格が自分にあったかどうか

あとで疑わしくなるほうがいい

正しいことを言うときは

少しひかえめにするほうがいい

正しいことを言うときは

相手を傷つけやすいものだと

気づいているほうがいい

立派でありたいとか

正しくありたいとかいう

無理な緊張には

色目を使わず

ゆったり ゆたかに

光を浴びているほうがいい

健康で風に吹かれながら

生きていることのなつかしさに

ふと 胸が熱くなる

そんな日があってもいい

そしてなぜ胸が熱くなるのか 

黙っていても

二人にはわかるのであってほしい



まあこんな感じで、毎日の暮らしに埋もれたいろんなことに光をあてながら、
優しい筆致で綴られています

楽しい気分のときに読んだら、なおさら生きていくことが喜ばしいことに感じられ
るだろうし。
悲しいときに読んだら、乾ききった地面に小糠雨が静かに染み入るように慰めら
れるだろうし。

機会があったらぜひ一度手に取って見てください(*^_^*)



すてきなあなたに
暮しの手帖社
大橋 鎮子

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この記事へのコメント

2009年10月22日 20:48
 「すてきな あなたに」はだいぶ前に手に入れたのが1冊あります。どこにあるかは、わかりませんが(^^ゞ。
 “子どもの頃の心の宝箱に溜まった日々の思い出”というのは、とても大事でしょうね。それは、自分が大切な存在で愛されていたという自覚につながるんだと思います。自分が愛されていると心の安定が得られて、親からの自立も思い切ってできるものじゃないでしょうか。
 自分で家庭を持って同じような愛情溢れる家庭をつくろうとも思うでしょうね。宝箱がいっぱいの人は、自殺もしないと思います。
 「祝婚歌」はだいぶ前に記事にしたことがあります。結婚を上手くやっていくための知恵が詰まっているような気がします。ある程度の年にならないと、わからないことかもしれませんが(~_~)。
 一つ誤字を見つけちゃいました。「避難できる資格……」→「非難できる資格……」です(^^ゞ。
2009年10月22日 21:24
遊哉さん、こんばんは
この本、いつ読んでもホッとしますよね。
どこにあるかわからないんですか、あらら(^^ゞ
心の宝箱に溜まった思い出は、家族や周りの人に愛されていたという温かい記憶もそうだし、あとは日々の風景というか、季節の移ろいや夏休みの思い出、ペットや自然の中の生き物との触れ合いなど多岐にわたるものだと思います。
なので毎日塾通いなどで時間を取られてしまうとそういう思い出を作るのは物理的にも難しくなるのかな、などど思ったり。
子どもの時にしかできないことって、ほんとに思ってるより多いのかもしれませんよね。勉強なんてしてる場合じゃないかも(笑)
「祝婚歌」、記事にされたことがあるのですね。そんなに有名な詩だったんですか。知らなかったなあ。
でも、とてもいい詩ですよね。特に最後の部分。いいなあと思いました(*^_^*)
誤字の指摘、ありがとうございます。何度も見返してるのになあ。注意力散漫だ急いで直しておきました(^^ゞ
さんちゃん
2009年10月22日 22:17
「暮しの手帖」懐かしいです。
「帖」の字はこっちです
昔は母が毎月購入していました。
別に子供に洗濯機や掃除機の性能など
生活に関係なかったわけですが、
「商品テスト」などは楽しみでした。

キーブーさんのお母様、素敵な方ですね。
きっと学校から帰ってきたキーブーさんの、
喜ぶ顔を楽しみにされていたでしょうね。
2009年10月22日 23:09
さんちゃんさん、こんばんは
あああ、また変換ミスですねえ
ご指摘いただき、ありがとうございます。ダッシュで直しておこう(^^ゞ
そうそう、電化製品のテストなどしてましたね
全体にレトロな雰囲気で、いい雑誌ですよね(*^_^*)

うちの母は、いい母親というよりは良くも悪くもすべてに規格外で面白かったですね。生きてればいろんな話ができたのに、と思います。
2009年10月23日 10:31
良い詩ですね~
ほんとに じーんときます。

そういえば 私の母も模様替えが好きな人で
家に帰ってきたら配置が変わっていたりしたものです。
お菓子やパンを作ったりもしてたなあ。

2009年10月23日 21:53
みいなさん、こんばんは
ほんとにいい詩ですよね。私も感動しました(*^_^*)

みいなさんのおかあさんはお菓子作りなどもされてたのですね。うちの母はそんなおしゃれなことはしませんでしたが、面白い人でしたね
2009年10月24日 15:52
人間は思い出で出来ていると言っても過言でない程、思い出は大切ですよね。思い出を作って生き、その思い出に戻って逝くんですよ。日々の出来事や疑問から探求して知識をつけて、それが思い出になるので、ただ単に知識を詰め込むだけの人生は力が無いですよねぇ。何の支えにもなりませんよ。その時は些細な事でも、後々年齢を重ねた時に『あぁ、あの時の○○は○○だったなぁ』とか思い出して力になったりしますもんね(^^)
2009年10月24日 18:04
miyoさん、こんばんは
なんだか年を取るにつけ、なんでもないようなことがふっと思い出されてそれがまた気持ちを明るくするというか、温かい気分になるということがあって、生きていく力というのはつまりはそういうことなのかなあって思ったりしました。
暑い日も寒い日も、晴れた日も雨の日も空調の効いた室内で無機質な知識の詰め込みだけをやりながら成長すると、大人になってから壁にぶつかったときに自分を支えてくれるものがないのかもしれませんね。子どものうちにいろんな体験をして感動したり泣いたり笑ったりすることはとても大切なことだと思います。
年齢を重ねてからわかってくることってありますよね。・・・って言葉にするととても陳腐だけど(笑)

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