私はいったい何を勉強していたのか?(@_@)




こぶたたちが小学生の頃のこと。

通っていた学校ぐるみで、年に一度、百人一首大会のようなものが
あったんですよね。

そこでいい成績を修めたいがために、こぶたたちは一時期、百人一首に
凝ったことがありました


家でも折にふれて百人一首をやっていたので、親の私までもが結構覚えて
しまったのでしたが(笑)


どの歌もすぐれているなか、天智天皇の歌が、私には昔からことのほか
印象的だったんですよね。


秋の田の かりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ


天皇ともあろうお方が、なんと庵の苫をあらんで(編んで?)おられたなんて

しかも、衣手を露でぬらしてまで。


話は横道に逸れますが。

袖口をぬらすのって、けっこう地味~にイヤなものですよね(笑)

顔を洗っているときに、袖口からツツツ~と水が入ってぬれることがありますが。

あれってホント、イラッとくるというか、うんざりしますよね


なのに。

高貴なお方が、そんなことを厭いもせずに、庵の苫をあらむなどという農民の
作業を手づから されていたなんて。

古代の天皇って、そこまで庶民の暮らしに近い存在だったんだなあ。


学校でこの歌を習って以来、私はそんなふうに思って、天智天皇にいい印象
を抱いておりました。


なので、図書館でこの本を見つけるや、すぐに手に取ったんですよね。


黒岩重吾著 「中大兄皇子伝」 上・下


中大兄皇子(なかのおおえのおうじ)とは、皆さんご存知のとおり、天智天皇
の即位前の名でありますが。


中臣鎌足らと謀り、天皇の御前で蘇我入鹿を暗殺するクーデターを起こした
ことで有名ですね。

それが645年の『大化の改新』ですが。

その暗殺劇も、なんと彼は みずから手を下しています。


ちなみに。

『大化の改新』よりもはるか前、入鹿の祖父・馬子によって崇峻天皇が
殺された事件がありましたが。

馬子でさえ、そのときは自分の手を汚さずに身分の低い男に殺害の実行を
命じたのでありましたが。


中大兄皇子は皇太子の身でありながら、皆の前で入鹿を殺害しているの
ですね。


あの優しい歌を作る同じ人が、天皇家のため、ひいては日本国のためなら
殺人も厭わず、しかもそれを冷静にやってのけるとは。


天智天皇とは、なんと深い懐を持つ人であることか。

きっと普段は物静かで、ここぞというときは決断が早くて行動力のある人
なんだろうな、って思っていたのですが。


この本のなかの中大兄皇子は、けっこう気が荒いうえに嫉妬心もすごくて、
まあ現実はこんなものかもしれないなと思いつつも、私のなかのイメージとは
まるっきりかけ離れた中大兄皇子像に違和感を覚えてしまったんですよね。


それでもさすがに黒岩重吾さんの作品だけあって、すっかり物語のなかに
引き込まれてしまい、あっというまに上下とも読み終わってしまったので
したが。


読後にふと思いついて、天智天皇のあの歌をネットで調べてみました。


そこには、こんな現代訳が載っていました。

  秋の田圃のほとりにある仮小屋の、屋根を葺いた苫の編み目が
  粗いので、私の衣の袖は露に濡れていくばかりだ。



えええ~?!

ご自分で苫を編んだわけではなかったのか?!


もっと詳しく調べてみたところ。

“かりほの庵”とは、刈り取った稲穂を置いておくための急ごしらえの小屋の
ことで、仮の小屋であるから屋根を葺いた苫(スゲ・カヤ)の目が粗くて隙間が
あるために夜露が落ちてくる。

稲穂の番をするためにその小屋に泊まった農民の衣服がぬれてしまう様子を
想像して歌ったものである。




な~んだ。。。

考えてみれば、天皇みずから、苫をチマチマチマチマ編むわきゃないです
もんね。

そっか・・・それにしても、私はなんだってあんな思い違いをしていたものか。


ちゃんと勉強してなかったな、自分~(ーー;)




ふう。

思わぬボロがでてしまい、自分にすっかり呆れてしまった私でありますが^^;


夕方に、これを見つけて俄然、元気が出ました~

画像



オリエンタルリリーちゃん、きれいに咲いてくれました(*^_^*)






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